ホテルを造るという仕事と、そこから僕が得たもの

 

ホテルに必要なものーそれは「色気」

ホテルには、色気が必要です。そして、いいホテルには色気があります。

 ”色気”とは、『非日常感』というものです。

『非日常』と言っても、いろいろとあるでしょう。カップルや夫婦の記念日、結婚式、親族間の祝い事、気の合う友達との旅行、家族旅行、あげればキリがありません。

むろん、男性が、”非日常”の女性を伴って訪れる場合もあるでしょう。その場合、男性としては、『いい恰好を見せられるか』であり、女性は『自分を魅力的に見せられるか』ということでしょう。

12月、『ウエスティンホテル東京』のロビーラウンジにて。

 僕は2011年から2020年までの10年間、会社からホテルの出店の仕事をまかされていました。建設用地を確保してホテルを建て、新しく開業する、という仕事です。

2011年ころと言えば、折しも日本全国で観光ブームが盛り上がりを見せつつあったころでですが、たまたま、ジョブローテーションでホテル建設の仕事をすることになりました。それまでは住宅部門で、マンションの建設を担当していましたから、対象がホテルに変わっただけ、と言えばそれだけです。いずれにしても、不動産開発という仕事において新たな経験が積める、いい機会だと思いました。

東京駅。駅舎の後ろに建設中のビルには、日本初進出のホテルブランドである『ブルガリ東京』が入居予定です。

ホテル開発は、楽しい仕事でした。何より前述の通り、時期がよかったと思います。

 2010年ころから、外国からの旅行者が増え始め(いわゆるインバウンド)、観光庁の政策も大きな後押しとなり訪日外国人の数は、2019年の終わりには年間3,000万人を突破しました。そして、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年には4,000万人、というのが政府の目標でした。

 しかし今、この目標はcovid 19(コロナ)パンデミックにより事実上の消滅、観光業関連の会社―旅行代理店、ホテル、観光バス会社などの事業収支も、壊滅的な状況になりました。航空、鉄道なども大打撃を受けたのは周知の事実です。

コロナ禍の前の『日本』は、官民挙げて観光立国へまっしぐら、途中で多少の踊り場はあるかもしれないが観光分野の成長が続くのは間違いない、観光業はものづくり大国の舞台を降りた日本の次なる進む道、あらたなステージだ、と誰もが信じて疑いませんでした。

 ですから僕たちも、訪日外国人の数は、数年の地には6,000万人くらいまで伸びるだろう、とまことしやかに話していたものです。畢竟、このままではホテルが足りないとばかりに、ホテル業界のみならず、不動産業界も、産めよ増やせよの空前のホテル開発ラッシュとなっていったわけです。僕の会社も当然例外ではなく、出店戦略を強化しました。僕の会社はもともとホテル事業をしていましたが、さらに増やせ、となったわけです。

 出店計画ができあがると、僕たちは本格的に新しいホテルの出店に乗り出しました。2011年の春のことです。まずはホテル用地の確保です。2011年ころは、その後のホテル建設の過熱ぶりと比べれば、まだそれほどではありませんでしたが、じわじわとホテル用地の土地の値段は上がりつつありました。本当に、不動産は”懲りない”業界です。ホテル事業者は次々に土地を買い漁り、瞬く間に価格は高騰していくのでした。『マンション用地が買えなくなった、ホテルに負けた』と、マンション事業者が嘆くほどでした。

 土地の値段に加えて、人手不足に伴い建設コストも上がり始めていました。ホテルスタッフや客室清掃スタッフも大幅な人員不足でしたが、建設現場の職人も人手不足だったからです。

 そんな中、僕たちもなんとか最初のホテルを開業、並行して、運営中の老朽化していたホテルの建て替えも順次進めました。

 当時、ブームとなり、次々に増えていったホテルの形態は、『宿泊特化型』というスタイルでした。ビジネスホテルの進化版です。これは、文字通りバンケットルーム(宴会場)や、本格レストラン、バーなどもないため、運営がやり易くスタッフも少なくてすみ、利益率は高くできます。また、今までホテルビジネスをしてこなかった企業にとっての参入ハードルが低かったのも要因の一つです。それはそれでいいのですが、ホテル経験がなく営利を重視する企業による、面白みのない金太郎飴的なホテルが増えていったのも事実です。

 僕はこの仕事で、『ホテル』というものを知ることができたと思っています。

Beverly Wilshire Beverly Hills A Four Seasons Hotelビバリーヒルズにあるビバリーウィルシャー(ホテル)です。プリティ・ウーマンで使われました。ヨーロピアン調のデザインの、ラグジュアリホテルです。

 ホテルを、ほとんど『泊まる場所』という感覚だけで捉えていた僕の、ホテルというものに対する見方は大きく変わりました。偉そうな言い方ですが、ホテルの利用の仕方がわかるようになったと思います。このことは、平凡なサラリーマンにとって大きな財産だと思っています。安いホテル、高いホテルは関係ありません。ホテルそれぞれに、他とは違うものがあります。旅行のプランを立てるとき、どうしても観光名所が主題になりすぎて、ホテルは空いているところで、ということが今までは多かったのですが、今は、ホテルを楽しむことへの重きを置くことが増してきました。だって、旅行の半分は、ホテルで過ごすわけですから。

 ちなみに、ホテルには、特にラグジュアリホテルになればなるほど、色気の有り無しが重要な決め手になります。ひっそりとしている、繁華街が近い、など何でもいいのですが、仕事を忘れる、日々の生活を忘れられる、そんな空気感を作り出せるかどうか、このことが成否をわけることになるでしょう。

 今はホテルがとても身近なものに感じています。

 それにしても、コロナ禍とは恐ろしいものです。コロナ自身が恐ろしいというものありますが、コロナによって、人間社会の脆弱性が、明らかになった気がします。進化とは、諸刃の刃です。いつか収束はするのでしょうが、如何せん、”相手”のある話なので先は見通せません。

 しかし、話は戻りますが、ホテルや観光業は復活するのでしょうか。

結論から言うと、僕は前にもまして復活すると思っています。

2011年にこの部署に移った時、上司が僕に言ってくれた言葉があります。

「災害や危機に見舞われたときに、人はホテルに集まる。人々はそこで苦しみや痛みを共有し、慰めあい、助け合うことができる。情報を得る、空腹を満たす、そして、ひとときの安息を取る…ホテルはそんな場所だし、そんな場所にしなければならない。ホテルとは、本当に素晴らしいものだね」

その通りだ、と思いました。

2020年7月

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。